宮崎県綾町では、今まさに「栗」の収穫時期を迎えている。
もう暦の上では秋だというとこを、教えてくれている。
私達は食べる事で季節を感じる方が強いかもしれないが、作り手の皆さんはその環境や風景で季節を、感じることの方が多いのかもしれない。
それは、収穫時期の太陽の陽射しの入り方や、葉の茂り方で出来る木陰の量や、その時期の山や畑の香り。現場にいると季節を肌で感じることが出来る。しかし、体の故障や高齢化に伴い収穫が出来ないとか、維持管理が厳しくなってきているという生産者様側の問題も、リアルな話として今起きている。

その先にはとてもとても大事な事があり、風景を守れないということにつながっていく。風景が守られなければもちろんそこで営なわれてきた地域経済が、途絶えていく可能性があるのではないだろうか。それは、町の衰退を意味し地元への愛着が軽薄化されていく可能性もある。

次の時代へ何を残せるだろうか?

荒れた土地を数多く残す?

それとも、継続的な農業をしている人にあふれている風景を残す?

「私には何も出来ない」
「それは私のする事ではない」

人の考え方を否定する事は、誰にも出来ないし、またしてはいけない。

でも、重要なことはその場所で

「どういう未来を見たいか」

という事なのではないかと思う。

この綾町の山奥の、栗林の木陰の素晴らしさ。
しっかり残さなければならない風景の1つ。
そして、そこに生きる人の笑顔とともに。

100年後に綾町の魅力を伝えるために。