100年後の未来を想像し、綾町の進む道を先駆者として全ての批判を受けながらそれでも自分の信じる道をブレずに真っ直ぐに歩いた人がいた。現在の綾町の姿があるのは、彼のおかげといっても過言ではないという人も少なくないはず。また綾町の歴史の中で、その功績を称え今もなお名前があがる1人ではないかと思う。

そして、その意思を受け継ぐ町民も多く存在し、有機JASなどが存在しない高度成長期に時代に逆らう様に、木々の伐採計画を中止させ自然を壊さない農業を町として取り組む方向を早くから指示し、町民の幸せを第1に考え今で言う地方創生の柱としての「地域資源をいかした町づくり」を実践していた。その考え方は、彼が残した著者

「結いの心」

で、紐解く事が出来る。

彼の名前は、郷田實。綾町の前町長である。彼は、未来の町民の幸せも考えた上での行政の政策や、取り組みを結果進めていた。それを、証明できるのが現在の「有機農業の町」とうたっている綾町がまさにそれである。

50年前は、林業に頼っていた綾町の経済が時代の流れとともに衰退し、小さな町の経済循環は冷え込み「夜逃げの町」と言われるほど、町民がいなくなる現象がおきた。そこで、当時の町長郷田實さんは自然を守りなおかつ観光が盛んになると綾町の照葉樹林の中に吊り橋を作りました。そのおかげで観光客は増加し、自然が守られたおかげで山から湧き出る恵の水の確保がされ、自分達で食べるものは少しでも自分達で作ろうという行政が町民へ無料で希望する種を配布し始まった「一坪菜園運動」が活性化され、町民の健康がより確保され生産者が増え、現在の「綾手づくりほんものセンター」への経済循環を生み出すキッカケづくりにもなりました。

その歴史の中で様々な壁や、摩擦を乗り越え対話を重ね理解をしながら前に進んできたその住民目線での計画は、未来の今の綾町を作ってくれました。私達が今、車の中から見られる事が出来る風景は様々な人によって作られたものであり、それを継続しものづくりに取り組んでいる綾町の今の農家さんのおかげでもあります。その循環が私達の時代で途切れる事がない様に

その風景が100年後の未来へ伝えられる様に