宮崎県綾町は50年前は、「夜逃げの町」と言われていたほど人口流出が激しく、今では考えられないほど町内事業の林業は衰退の一方をたどっていました。
今でこそ残ったからこそユネスコエコパークに認定された「照葉樹林」は綾町の歴史の中で、実は伐採の話も出ていたほどです。
その時、先頭を切って「食の安全を買う時代が来る」と言い、伐採計画を断固として反対し、町の宝だと町民へ訴え理解を得ようと必死に動いた人がいました。
それが、前町長の郷田實さんです。
自然を壊さない流れと、食の安全を確保するという意味を含め、自分たちが食べるものは自分たちで作ろうという考えのもと、行政が政策の一環として町民へ希望する作物の種を無料で配布し、ものづくりをする「一坪菜園の普及」そして「家庭菜園コンクール」などを昭和48年に実施し、食べきれない作物を販売したいと言う町民の声に、昭和51年青空市場を毎週水曜日のみ開設。(町と農業の協力)。やがてその動きが活発になり、生産者と消費者のニーズの高まりにより平成元年6月1日に「綾手づくりほんものセンター」が設立される動きにつながっていく。

それから約29年。

今では、当たり前となっている綾町の生産者と消費者の接点の場所。町外の方と地元の方が交わる交流の場所として、綾町の重要な場所として確立されている。

設立された当時から変わらない、綾町のものづくりのルールがある。そして、それは綾手づくりほんものセンターの正面上に、今でもしっかりと掲げられている。

自然を壊さない、綾町の農業のルール。

「自然生態系農業」

私達は先人たちが残してくれた、素晴らしい取り組みを後世まで引き続けるために、今日もとても小さな一歩を正解か不正解か模索しながら歩き続ける。

先人たちが、そうしてきたように。

私達の取り組みが、100年後の「いいね」になり

結果、100年後に綾の魅力が伝わる事を願って。